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yuuの一人芝居

yuuの一人芝居

児童劇 さざんがく・・・芸文館公演

さざんがく


                           吉 馴   悠

                   1

                源内が・・・
               単サスの下で机に向かって何やら書き物をしている。                
髪は茫々、髭はもじゃもじゃ、醤油で煮詰めたような                  
タオルを額に巻いている。机のうえは非常に乱雑であ             
る。参考文献、辞書、栄養剤、胃薬、酒のビンが転が                
り、書き損じの原稿用紙が丸められて棄てられている                 
。新聞紙、週刊誌、が畳の上に散らかっている。
                この男を以後源内と書く。
                源内は書けないのでやたらいらつき、挙動が可笑しい                
。原稿用紙と睨めっこをしていたかと思うと、天井を                 
凝視したり、大きく深い溜息をついたりしている。
                暫くその動作を繰り返した後、

                源内が唄う
                主語と述語のすれ違いのタンゴ(単語)」
源内  雨が降ったら天気が悪い 欝陶しいから頭が重い 迷路混乱縺れ糸 主語と述語の譲り合い文脈乱れて意味不明 人に伝える言の葉が 乱れて伝え伝わらぬ 文字を主人とするば背活字に下僕の我が身かな 人と人とを結ぶ意図 心に心は言葉なれ 思いの丈を文字に換え 愛し恋しと綴るとき 書き手の身体は火と燃えて 冬でも夏の日のごとく 秋に櫻の散るごとく 文字は舛目を躍り出て シェーウリダンスを踊るなり

                頭を抱え込んで

     今は悲しき身の定め 文字と交わせぬ友情に 捻り鉢巻き溜息ばかり
     どこでどうして間違って こんな稼業に入ったか あれは懐かし                      
     幼少のみぎり 乳母に紅葉のような手を引かれ 歩いた小道にせ                    
     せらぎの音 鮒と遊んだあの小川 兎を追った丘や山 咲いて唄                    
     う草花に 四季の移ろい教えられ 日本の風雅を愛でた日々 麦                    
     の畑に雲雀鳴き 稲穂を見守る案山子たち 野焼きの煙祭りの囃                    
     子 雪やこんこん囲炉裏場た じっちゃんばっちゃん昔の話 居                     
     眠りしながら聴いた頃 あの頃物はなかったけれど 情けは箪笥                    
     に溢れてた 一つの鍋を分け合って 一家団欒楽しい夕げ  
     月は東に日は西に 星の流れにロマンの夢を 心ときめき弾ける希望

                ここまで言って現実の自分に換える。

           嗚呼、嗚呼     
           あの頃太陽はどうしてあんなに大きかったのか・・・。

                舞台が容暗し、容明した時には、昭和二十年代の風景               
 をバックにした、公園が浮かび上がってくる。
                ベンチに腰を掛けてボーとしいる健太。
                「夕焼け小焼けぇの赤とんぼ・・・」を口遊みながら                   
 時折、西の方向を眺めている。
                ホリゾントのは真っ赤な夕日が、雲を焼きながら沈もとしている。
                母のからは源内の言葉を少年の場面に被せれば良い。

母の帰るのを待って眺めた夕焼けは、茜の色に雲を染めていた。母は錆びついた自転車の荷台に木端を括り付けて、疲れた身体をひきずる様にして押しながら帰ってきた。公園の外れの駅舎の前にある大きな銀杏が夕日にを浴びてまるで秋の日の紅葉を見るように鮮やかに映ぇていた。風が葉を揺らせ降り雪ぐ葉は黄金の時雨のように舞っていた。

                バットと布のグローブを担ぎ持った弘
                と道夫が通りかかり、健太を見て、

          弘  おかあーのおっぱいが欲しいから待っとんか。
          道夫  健太が早ょうに帰ったから負けたがな。
          健太  ・・・
          弘  負けた、散々じゃったぞ。二十対三じゃ。
          健太  弘、道ちゃんごめん御免、おっかあに何もしてやれんけえ、こうして帰りを待っとん
              じゃ。
          道夫  ええ子じゃのう。この儂なんか・・・。
          健太  悪かったのぅ。おっかあは帰ってこんのか。なにか連絡があったんか
          弘  健太にはわからんじゃろうが、そこが大人の複雑なところよ。下半身の社会問題いょ。それが現実の姿じゃ。
          道夫  戦争が儂の家庭を壊してしもうた。おっとうさえ戦死せなんだら・・・。
          健太  (夕日を見て)綺麗じゃ・・・。けど・・・岡山が空襲された夜のようじゃ。
          弘  焼夷弾が雨霰と降ってきよった。落ちたところに火の手があがる、真っ黒けに焼けた人間がごろごろしていて・・・。忘れようとしても・・・。
          道夫  それが現実の姿じゃ。
          弘  それは儂の台詞じゃ。
          健太  哀しいな・・・人間て・・・。
          弘  哀しい・・・。それも言うなら、おろかと言うんじゃ。
          道夫  おっかあは元気じゃろうか・・・。
          弘  心配はいらん。・・・それより、硬パンを貰いに行くのを忘れとったけえ、親父にぶんんなぐられるぞ。
          健太  弘は呑気でええの・・・。
          弘  腹減った・・・。
          道夫  ぶん殴ってくれる親父が欲しい。
          弘  道夫・・・。
          健太  みっちやん・・・。
          道夫  儂、孤児院へ行かされるかもしれん・・・。
          弘  道夫、行くな。絶対に行くな。
          健太  (太陽を眺めて)早よう大きくなりてえ。
          道夫  大きくなりてぇ。
          弘  湿っぽい話はやめじゃ。あの大きな太陽に向かって立ち小便をせんか。
          健太  (道夫に)やろう、やろう
          道夫  うん。
          弘  何があってもくよくよせんのよ。今の日本は何もねえ。何もかもあたらしくならにゃあー
          健太  儂らの時代が来るんじゃ。
          道夫  二度と戦争はさせんぞ。
          弘  さあ、飛ばすぞ・・・
          健太  この前は儂のが一番飛んだぞ。
          弘  道夫、健太に負けては終えんぞ。
          道夫  うん。

                三人太陽へ向かって並び小便をとばしはじめた。
                純子、由美、加代子が現われるを。

          純子  あんたらなにしょうん。
          由美  おてんさう様に恥ずかしいと思わないの。
          加代子  加代子、恥ずかしい。
          弘  おめいらもやって見い気持ちがえで。これからは男も女もねえ、男女同権の世の中じゃからな。
          由美  健ちゃんもそう思う。
          健太  わしは・・・。
          加代子  みっちやんはどうなん・・・。
          道夫  恥ずかしいけえど・・・何だか落ち込んだ気分が晴れた。                
          弘  立ち小便は男の特権じゃ。
          純子  今同権じゃと言うたじゃねえん。
          弘  じゃつたらやってみるか純子。
          健太  由美ちゃんは・・・。
          由美  わたしはそんなはしたない事は出来ませんのよ。
          弘  女子三人こんな時間に何をしょうんなら。
          純子  由美のところで宿題をしょうたんじゃ。
          道夫  今日、宿題があったんか。
          健太  運動場を二十回走れば済むが・・・。
          弘  宿題を出さんと勉強せんと思うとる先生の心が狭すぎるんじゃ。
          加代子  あんたらみてえな生徒がおるけぇ、宿題を出すんじゃ。               
          道夫  勉強して何になるんじゃろうか。
          純子  そりぁー・・・。
          健太  無知と貧乏がのうならんと人間幸せにはなれんと親父が言うとった。
          加代子  そうじゃつたらみっちゃんも弘も幸せとは仲よう出けんな。
          弘  なあに、あっしゃあ幸せに背を向けて生きていやすから、でもなこれからどんなことでも出来ると思うと、嬉しくて涙がちょちょぎれるがな。
          道夫 (大きく)幸せとはなんじゃ。勉強が出来ることか。お金が仰山あることか・・・。
          純子  いくら戦争が終わって男女同権になったからって、男のヒステリーはすかんけえ。
          由美  幸せとはあの太陽が何時も同じように見えるって事じゃあないのでしょうか。
          健太  由美はええ大学へ入ってええ先生になって、世の中の役に立つ子供達を育てることじゃ。
          弘  健太くん、君は他の生徒の勉強の邪魔ですから外に出て立っていなさい。
          道夫   弘くん、君も右に同じ。
          健太  弘くん、宿題を忘れた罰で運動場を二十回走って来なさい           。
          由美  私はそんなことは言いません。
          加代子  勉強は子供の仕事なのじゃから、働かざる者食うべからず、晩ご飯抜きの罰です。
          道夫  それが一番困るが。
          純子  ここから見る夕陽きれい。
          加代子  胸がキューンとして・・・。
          由美  美しいもの、綺麗なものをそのまま感じる心を何時までも持っていたいわ、私・・・。
          道夫  夕陽がこんなに・・・。
          弘  銀杏の葉が真っ赤に・・・。爆弾が落ちたぞ!
          健太  この夕陽、いつまでも心に刻んでおこう。なぁ・・・。
          由美  うん。わたし、夕陽を見たらみんなの事をきっと思い出す          
          純子  うちも・・・。
          弘  おらも・・・。思い出すと思う。
          加代子  私も・・・。
          健太  みっちゃん、何処に行っても、あの夕陽の下に儂らがいて・・・。
          道夫  何をごちゃごちゃ・・・。おめえらのことは忘れりぁせん。あの、夕陽があろうがなかろうが・・・。これが現実と言うもんょ。
          弘  そりぁおいらの台詞じゃ・・・。みっちやん・・・。
          健太  みっちゃん。
          道夫  みんな元気でな・・・。あばよ。

                   道夫走り去る。
                   健太、弘が後を追う。

          弘  道夫
          健太  みっちゃん
          由美  健ちゃん!

                   健太とまり、

          由美  みっちゃん、どうしたの。
          健太  孤児院へ行くかもしれん・・・。
          加代子  どうして・・・。
          純子  身寄りがのうては・・・。

                   弘帰ってきて、

          弘  あいつ、勉強はでけんけど走らしたら一番じゃ。
          加代子  お爺ちゃんがいるじゃあないの。
          健太  あいつ優しいから、お爺ちゃんに迷惑をかけとうないらしいんじゃ。
          由美  みっちゃんの馬鹿。
          加代子  馬鹿だなんてはしたない言葉を由美が使っては駄目。純 子にはぴったりだけど・・・。
          純子  それはどういう意味・・・。
          加代子  だって、由美はわたしたちとは違って育ちがいいから。               
          弘  育ちもへたくれもあるものか、みんな一緒の世の中になったんじゃ。
          加代子  だったら、どうしてみっちゃんだけが・・・。
          由美  かよちゃん。
          健太  喧しい。わぁーわぁー・・・。

                   健太、夕陽に向かって石を投げはじめた。

          弘  こんちくしょう、コンチクショウ・・・。

                   弘も健太につづいた。

                                 暗転


                    2

                    健太、弘、由美、加代子、純子が前場の公園に出てくる。
                    元気がないようす。

          由美  みっちゃん、行ってしまったわ。

                    誰も答えない。

          由美  あんなみっちゃん見たことなかったわ。一生懸命に涙を堪えていたわ。
          健太  言うな。もうそれ以上言うな。
          弘  道夫はかならず帰ってくるんじゃ。同期の櫻じゃ・・・。
          加代子  なにそれ・・・。
          弘  馬鹿、同じように空襲にあい、焼夷弾の下を掻い潜って逃げたもんじなかったらわからんじゃろう。
          純子  弘くん、みっちゃんの事で哀しんでいるのは、あんたばかりではないのょ。
          弘  男と女は違うんじゃぞ。
          純子  この前男女同権じゃ言うて・・・。
          加代子  変な事言うたん誰なん。
          由美  みっちゃん、ああ見えても心優しいから・・・。
          健太  負けるな道夫、頑張れ道夫!(叫んだ)
          由美  感激屋!
          健太  なにお!
          由美  勉強もそれくらい一生懸命になれば・・・。
          加代子  運動場を走らされんでもええのに・・・。
          純子  健太くんが走っている姿、とってもかっこいいと思うんじゃ。
          由美  そうおもうわ。生き生きして見えるもの。
          健太  人の気もしらんで・・・。
          弘  この前なんか、走りながら九九を覚えてた・・・。
          加代子  さざんがく、さざんがく・・・。
          弘  健太のおっかあは、散々苦労しているというのになぁー。
          健太  弘、なにかこの儂に恨みでもあるんか。
          弘  給食の時、おかずすくなかったんじゃ。
          由美  あの夕陽、みっちやん汽車の窓から見ているかしら。
          加代子  見てる・・・と・・・思う・・・。
          純子  きっと見てる。
          弘  見ているよ。みんなとの約束を破るぼどの勇気はねえ奴じゃ               
          健太  どんな風に映っているんだろうかな。
          由美  ここにいるみんなとおなじよ。
          弘  なぜか、くすんで見える。
          加代子  うちも。
          純子  灰色。
          由美  健太くんは・・・。
          健太  小さく見えるんじゃ。
          由美  私はあの時見た夕焼けより綺麗に見えるわ。
            さあ、大きく目をあけてみなさいょ。真っ赤な太陽の中でみっちゃんが笑っているわ。めそめそしてはいけねえぜって。
          健太  うんうん、笑っている。門出に涙は不吉だぜって。
          弘  (うなずいて)帰ってくるまでに、健太九九を全部覚えておくんだぜって・・・。
          健太  このやろうどさくさに紛れて・・・。
          純子  元気だせって・・・。
          加代子  あの時のまんまん夕焼けだって・・・。

                   みんな半泣きで言っている。

          由美  みっちゃん、待ってるわよー。みんな一所懸命勉強してみっちゃんが困っていたら力になるって・・・。
          弘  おらだけはあてにすんじゃねえょ。
          健太  九九で苦労しているくれえだから、これから先もわからねえ、が、帰ってきたらここでなん回でも何千回でもこの夕陽を一緒に見ような。それ位の約束しかできないよ。
          加代子  ずるい。
          純子  かっこ良すぎる。
          由美  それって健太くんのせいっぱいの約束。
          弘  健太を頼りにするんじゃねえぞ。弘がついとるからな。何でも一番のこのおいらが・ 
          由美  弘くんが一番心配なの。
          加代子  そうじゃ。
          純子  それが現実というもんさ。
          弘  そりぁどういう意味なんじゃ。
          由美  弘くんがこわーい。

                                  暗転

                   3

                   源内が語る
                   教育論を前出の子供達が唄う。

              漢字の書き取り作文書き たしたり引いたり答えだし
              花を咲かせる実験や 動物飼っての観察や
              走って飛んでの記録取り 夜空を眺めて星数え
              あの町この村地図調べ 歴史を彩る天下人
              四季の草花野菜に果実 山の高さに川の流れ
              漢字の起源をたどる旅 カタカナ作ったことのわけ
              九九は誰が考えた 掛けたり割ったりややこしい

           漢字を幾ら覚えても、何処で使えばいいのやら、名詞に動詞に形容詞、接続副詞感嘆詞助詞に助動詞形容動詞 感動接続連体詞未然連用終止連帯仮定命令 上手に使って文章作り

           井上ひさしのカタカナの國を唄う。
                   
           ムカシムカシ カタカナトイウクニガアリマシタ ソコノオウノオイウエオハ カキクケコウノ
          ワルダクミニアイナクナリマシタ  メイエウナダカイサシスセソウガ タチツテトウニユウヘイサレ テイ
           タオウジヲタスケ ナニヌネノニ ハヒフヘホトイウマホウデタスケ マミムメモウ ヤイユエヨ ラリルレロ
            ウニトジコメマシタ オウジハワイウエヲウトナノリ コクミンハヨロコビラッパシュハ パピプペポ パピプペポ      


                   4

                   夕焼けを背にした公園
                   弘がとぼとぼと出てくる。
                   「赤とんぼ」を唄う。

                   夕焼け小焼けえの赤とんぼ
                   おわれて見たのをわぁいつのを日いか
                   夕焼け小焼けえの赤とんぼ
                   立ちしょんしたのをわぁいつのを日いか
                   夕焼け小焼けえの赤とんぼ
                   野壺に落ちたぁわぁいつのを日いか
                   夕焼け小焼けえの赤とんぼ
                   腹へり泣いたぁわぁいつのを日いか
                   夕焼け小焼けえの赤とんぼ
                   道夫がい行ったぁわぁいつのを日いか

                   健太が出て来て見ている。
                   健太も唄う「七つの子」

                   カラスなぜ泣くのカラスは山に
                   可愛い七つの子があるからょ
                   可愛可愛とカラスが泣くよ
                   可愛可愛と泣くんだょ
                   カラスなぜ泣くのカラスは山に
                   可愛い七つの子があるからょ
                   カラスなぜ泣くのカラスの勝手でしょ。
          弘  九九も駄目なら、唄も下手じゃ。
          健太  道夫元気じゃろうか・・・。
          弘  健太より元気じゃろう。
          健太  道夫がおらんようになって、弘は空気の入ってねえ風船のようじゃ。
          弘  健太も昼行灯のようじゃ。
          健太 そりゃあどう言う意味なら・・・。
          弘  役にたたん。

                   由美が登場する。二人を見ていたが、

          由美  学校でなにかあったんですか。
          弘  僕は、健太君と違って叱られるようなことをしていません。                
          健太  (弘の額の手をやり)弘、頭が南瓜になったんか。
          弘  何を言っているんですか、僕は品行方正学力優等の模範生ですょ。健太くんと違って宿題はきちんとしていっています。し先生に当てられても正確に答えています。
          健太  弘がくるったー・・・。
          由美  弘くん、気持ちは良くわかるわ。
          健太  じぁ、儂だけが・・・。
          由美  落ちこぼれ三人組の中の一人でも欠けると魅力はなくなり元気もなくなるって事なんだわ。何だか羨ましい。
          弘  本日は由美さまのご学友はいかがなさいましたのですか。
          健太  弘、お金が落ちとるぞ。
          弘  健太くん、そういう時には拾って警察へ届けなくてはいけません。
          健太  弘、饅頭が落ちとるぞ。
          弘  健太くん、そういう時には拾って食べてはいけません。犬や猫の生活権を奪ってはいけません。
          由美  弘くん、焼き芋が転がってきています。
          弘  どこどこ・・・。
          健太  あそこあそこ・・・。
          弘  焼き芋というのは、薩摩芋を焼いたものなのですか。僕の
           先祖は幕府側派ですから薩摩と聴いただけで胸焼けがします。
          健太  元に戻ってしまったよ。
          由美  私は汚い言葉を使う弘くんが好きですわ。
          弘  可愛い乙女がそんな好きとかという言葉を軽々しく使っては いけません。
          健太  由美ちゃん、こいつをほったらかして帰ろうよ。
          由美  健太くん達の友情というのは川に浮かび流れるような軽いものなのですか。
          健太  そりゃー。

                   純子と加代子が出てくる。三人を見て、

          純子  何をしょうるん。
          加代子  どうかしたん。
          健太  弘が狂った。
          弘  僕が狂ったなんて、そんな出鱈目を信じてはいけません。
          純子  おかしい・・・。
          加代子  気味が悪い。
          由美  弘くん淋しいのよ。道夫くんがいなくなって・・・。
          純子  弘さまご同情申し上げますわ。
          加代子  弘殿、さぞや心に風の吹くごとく世の無常をお感じにな られておいででごさいましょう。
          健太  弘くん、あなただけではありません。何を隠そうこの私とて淋しくて辛くて寝ても醒めても泣いて泣き明かしています。
          弘  ああ、やめたやめた。肩が凝った。
                   弘は引っ繰り返った。
          弘  道夫!みちお、見ているか・・。今、銀杏の木に隠れたぞ。                
          健太  みっちゃん、弘は道の上に引っ繰り返って見ているぞ。
          純子  奥歯に虫歯が三本ある口を開けて・・・。
          加代子  餡パンに二つ穴を空けたような鼻を開いて・・・。
          由美  エスカルゴのような大きな目を開けて・・・。
          純子  みょうるんよ。
          加代子  見てるわ。
          由美   見ていますのょ。
          弘  道夫~元気か~
          健太  飯食ったかー
          加代子  弘も、健太も元気が・・・。
          純子  なくて死にそうじゃー。
          
                  5

                   道夫ふらふらしながら出てくる。
                   そして、中央のあたりでぶっ倒れる。
                   しばらくして、
                   加代子が出てくる。道夫を見て、

         加代子  道夫くん、みっちゃんなの。

                   だんだん近ずき、

           みっちゃんどうしたん。

                   道夫の呻き声。

           どうしょう・・・。こんな時どうすればいいの・・・。
           そうだ、弘くんか健太くんを呼べば・・・。
                   と言って走りだす。
                   すれ違いに健太が出てくる。

           ああ、大変ょ、道夫くんが・・・。
         健太  道夫がどうしたんなら・・・。
         加代子  (指差した)・・・
         健太  また弘の意地悪じゃろう。おい弘・・・。
                   弘出てくる。
         弘  おらのことを軽々しく呼ぶな。健太と違ってはなはだ忙しい身なんだからな。
         加代子  道夫くんが・・・。
         弘  加代子、頭のわりい健太と付きおう取るとうつるぞ。
         加代子  弘くんの馬鹿。
         弘  どうせ、おいらは馬と鹿・・・。

                   健太、道夫に近ずき、

         健太  道夫、どうしたんなら。(と抱きあげる)
         道夫  水、なにか食うもんをくれ。
         健太  弘、水を持ってけぇ。
         弘  道夫、どんな水がええ。
         加代子  こんな時冗談を言っている場合じぁ・・・。
         弘  馬鹿、阿呆・・・。
         健太  それとなにか食うもんを拾うてこい。
         弘  おいらは犬じねえぞ。道夫待っとれょ。水じゃ、なにか食物じゃな・・・。
                   弘、走って「どけ、どけ」と退場。
                   純子と由美が登場してくる。

         純子  どうしたんじゃろう、弘くん。
         由美  犬にでも追い掛けられているのではなくって。
         純子  (三人に近づき)何をしょうるん。
         由美  道夫くん。
         純子  なんでここにいるの。夢かしら・・・。
         加代子  (純子のほっぺをつねる)
         純子  いた!
         加代子  これが現実てものょ。
         純子  何だかよくわかんない・・・。
         由美  どうして道夫くんがここにいるの。
         健太  そうだ、みちお、みっちゃんどうしたんなら。
         加代子  健ちゃん知らなんだん。
         健太  加代子が見付けたんじゃろうが・・・。
         加代子  そうじゃ。みっちゃん、どうしたん。
         道夫  水、くいもの・・・。
         純子  逃げてきたんと違う。
         道夫  水・・・くいもの・・・。
         由美  みんなに逢いたかったのでしょう。
         道夫  みず・・・くいもの・・・。
         健太  道夫まちょうれ。
         純子  弘くんなにしょうるんじろうか・・・。
         加代子  畑にいって薩摩芋をぬきょうる。
         由美  たぶん、隠しておいた食物を探しているのょ。
         健太  がたがた言うな。
         純子  わたし見てくる。
                   純子が走って退場。
         加代子  うち見ておれん。
         由美  夕焼けが綺麗。
         健太  由美おめえは・・・。
         由美  道夫くん、何があったか知らないけれど、健太くん、弘くん純子、加代子、それにわたし、ここからの夕日を眺めては、道夫くんの事を思い出していたわ。
         道夫  俺も・・・。綺麗だ・・・。

                   弘が新聞紙になにかつつんで登場。
                   息を切らしている。道夫に駆けより。

         弘  飲め、食え・・・。

                   道夫、貪るように食らう。

         加代子  そんなに一辺に食べたら・・・。
         健太  ゆっくり食え、ゆっくりとな・・・。
         弘  健太の家に飛び込んだら水道が止められ取って・・・。
         健太  おめえの所の方が近かろうが・・・。
         弘  家はとっくの昔に止められ取るけえ・・・。
         加代子  それで、このラムネは、パンはどうしたん。
         弘  その先はきかん方がええ・・・。
         健太  おめえ・・・。
         弘  それが現実の厳しさと言うものょ。それを聞くと共犯者。
         由美  どうなの、少しは落ち着いた。
         道夫  ひもじさや ああひもじさや ひもじさや
         弘  まんびきや ああまんびきや まんびきや
         健太  やさしさや ああくやしさや なさけなや
         加代子  何を言いよるん、馬鹿・・・。
         由美  いいな、男って・・・。

                   純子が何やら持って登場。

         純子  道夫くん、これも食べて・・・。
         加代子  純子もまんびきして来たんか・・・。うちもまんびきしてくる。
         弘  あほ!
         純子  うちは、家にあったものを・・・。
         弘  それでええんじゃ。こいつの為に、こんな奴の為に捕まるこたぁねえ。
         健太  弘、おめえもあほじゃ。なんでこんな意気地なしの為に罪をおかさんといけんのじゃ。
         純子  健太くん、ひどい。
         加代子  健太が言いすぎじゃ。
         由美  みんな綺麗、あの夕日のように。
         道夫  わりいわりい。こんなおいらの為に・・・。
         弘  今更、なんじゃ。
         道夫  もう一度だけ、ここからの夕焼けを見たかったんじゃ。
         健太  なにかあったんか。
         弘  どうしたんなら。
         道夫  東京の伯父さんが引き取ってくれることになったんじゃ。

                   みんな芒然と夕焼けを見つめた。
                   それぞれに心の葛藤が去来する。


                  6
                   真っ赤な夕焼けが見える。
                   とぼとぼと一人ずつ出てくる。
                   健太、由美、純子、加代子、弘の順番で。
                   舞台に大きく散らばってそれぞれ、夕日を見入る。               
         弘  カラスなぜ啼くのカラスは山に可愛い七つの子があるからよ。     
    健太  夕焼け小焼けの赤とんぼ負われてみたのはいつの日か。 
         純子  どうしたん、情けねえな。悪ガキらしゅうねえ・・・。
         由美  道夫くん、涙を堪えて笑っていたわ。
         加代子  あいつ、あいつ・・・。
         弘  どこにでも行ってしまえ!東京、とうきょう、トウキョウ。
         健太  汽車の窓からいつまでもいつまでも手を振りやがってがって・・・。ひつこかったぞ・・・。女々しかったぞ・・・。
         由美  健太くん。
         純子  健太くん、弘君、泣きたい時は泣いた方がええんょ。
         加代子  心に素直にならんといけん。
         弘  道夫のあほんだら・・・。女子にゃわからんことょ。
         由美  わかるわ。
         健太  道夫バカやろう・・・。これが男の友情なんじゃ・・・。
         純子  あの夕日に向かって立ちションすること・・・。
         弘  バカ、あほう、間抜け・・・。
         純子  なによ、そげん言わんでもええが。
         健太  男のロマンてやっよ。
         由美  わたし大きくなったら東京の大学へゆくことにしたの。
         弘  おら、機関士になるぞ。
         純子  わたしバスガイドになる。
         加代子  わたしは・・・・。
         健太  儂は船乗りじゃ。
         加代子  みんな東京へ行くつもりなんじゃね。わたしは・・・。
         弘  健太、道夫への虹を架けるぞ。
         健太  よっしゃ。

                   弘に健太夕日に向って立ちションをしようとする。
         純子  わたしも・・・。
         加代子  わたしも・・・。
         由美  わたはそんなはしたない事は出来ませんわ。
         純子  やぁだー、わたしとしたことが・・・。
         加代子  恥ずかしいわ・・・。
         純子  東京てどんなところかしら。
         加代子  日本の首都で・・・。
         由美  戦前戦中は神様で、今は人間になられた天皇陛下様が居られるところ。千代田城。
         純子  東京大学があるところ。
         加代子  日本橋があるところ。
         純子  東京・・・ええと・・・。
                    弘、健太が飛ばしはじめる。
         健太  どうしたんなら元気がねえぞ。
         弘  そういうおめえだって、まるで断水の時の水道の水のようじゃ        
 純子  弘、健太のバカ。
         加代子  本当にしているわ。
         由美  羨ましいわ。
         純子  由美、由美もしてみたいの。
         加代子  わたしが男ならしてみたいわょ。
         由美  男っていいなぁと思って。
         純子  わたしにはバカ丸出しに見えるわょ。
         加代子  落ちこぼれ、九九も出来ない3X3=9
         由美  いいえ、バカでもあんなに友達のことを心配出来たら立派よ。きっと大きくなったら・・
         健太  弘、虹が・・・。
         弘  ああ本当じぁ。真っ赤な虹が、道夫の乗った汽車の方へのびていく。
         由美  ほんと、のびているは・・・。
         純子  わたしにはなにも見えんが・・・。
         加代子  わたしにも・・・。どこどこ・・・。
         健太  おめえらには見えんじゃろうが。どんどん大きくなって東に広がっていくのが・・・。
         弘  今、道夫の乗った汽車の上じゃ。
         由美  ほんと、道夫くんが見ているわ。
         純子  どこどなの・・・。
         加代子  由美には見えるの。
         由美  目を瞑るのょ。
         加代子  目を瞑るとよけえ見えんが・・・。
         純子  わかった、見える見える、手を振っているわょ。
         加代子  みんな可笑しい、道夫くんがいなくなったけえ、頭が可笑しくなっだんじゃろう。
         弘  道夫!みちお!ミチオ
         健太  元気でなぁー。
         弘  寝小便はするなょー・・・。
         健太  寝呆けて川にはまるなょ・・・。
         弘  九九のでけん健太のことは心配せんでもええ。おらがつい取るけえなぁ。  
         健太  漢字は儂が弘に教えるけえな。
         純子  何を言いよるん。
         加代子  あんたらが半端者じゃけえ心配して・・・。
         由美  ああ、美しい。
         純子  綺麗、まるで夕焼けのようじゃ。
         加代子  ほんと、まるで・・・。
         由美  あの夕焼けのように、綺麗な生き方がしてみたい。
         弘  道夫、もうどんなことがあっても帰ってくるなょー。
         健太  道夫、もうどんなことがあっても帰ってくるなというのは弘の、泣き虫弘の強がりじゃ
あけえ、いつでも帰ってけえょー。
         弘  健太のことも、由美も純子も加代子も忘れてしまえ。おらだけのことを覚えといてくれょ
ーなあー。
         純子  ひどいわたし一生忘れんけえなー。
         加代子  わたしも・・・。
         由美  三対三・・・三人と三人の友情は九人分。
         弘  何をようるんかわからんがー。友情は九るしいものじゃなぁー          。
         健太  みちお!

                   健太は走った。
                   後のみんなが「道夫」「道夫くん」と呼びながら走る。

                   後には真っ赤な夕焼けだけが・・・。

                                 幕
                   3×3=9のエピーローグ

              源内空を眺めて・・・

源内  過ぎ去りし遠い昔 記憶の扉をそーと開け 振り顧みれば
    今は美しく咲く彼岸花
    あの頃の思いを引き寄せて 帰りたい少年の頃
    何もなかったけれど 情けはタンスに溢れてた
    ああ、ああ 心にあるのは あの頃眺めた夕日
    ともに眺めて誓った情け・・・

              真っ赤な夕日が舞台を覆う。

                           幕
                   

  


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